2013年9月8日日曜日

オリンピック東京開催決定&戦争の記憶

今朝オリンピックの東京開催が決定した。56年ぶりと在って大変な盛り上がりだった。だが、一方、被災地の仮設の人々は、「オリンピックの大騒ぎは同じ国でありながら私たちの住んでいる処とは違う国の事のように感じられる」と話して居られた。
被災地を一番に考えるべきではないだろうか。オリンピックのもたらす効果はまだまだ先の事。被災者の生活は一刻も猶予できないのではないか。

 戦争の記憶。1937年7月7日夜、(私は小学1年生だった)、中国、北京南西の盧溝橋付近で、演習中の華北駐屯日本軍一木大隊の中隊に対して十数発の射撃をされた事を契機に、日本軍と翼察政権(政務委員会)第29軍衝突に発展した。(日中戦争の発端となった。)
 最初の十数発の射撃が日本側の謀略か抗日勢力によるものかは不明とされている。当初、不拡大方針を声明していたにもかかわらず、内閣は内地3個師団の動員を決定、軍部内でも拡大派と不拡大派が対立するなど矛盾をはらみつつ戦線は拡大し、7月28日、北京、天津の総攻撃をもって全面戦争に突入した。
 中国側ではこれを契機に抗日の機運が高まった。
 其の後、召集令状(赤紙)を受け取る人が多くなり、婦人会は白いエプロンに ”大日本国防婦人会” と書かれた襷を斜めにかけ、私たちも皆、日の丸の小旗を持って出征兵士を見送る日々が続いた。

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