2013年9月26日(木)
1941年12月8日未明、真珠湾の奇襲によって”太平洋戦争”が始まった。私は初等科5年生だった。
真珠湾攻撃で思い出すのは、当時歌われていた歌の歌詞の一部だ。全部は憶えていないが、 「命ささげし九柱の ああ忠魂の桜花」 という部分だ。今思えば、9人の神風特攻隊がアメリカの艦船に突入した様子がリアルに歌詞に残されている。
命を賭した若者は、どんな心境だったのか? 胸が痛む。
其の後、国民の生活はますます窮屈になり、お風呂を沸かす燃料も手に入り難く、裏の親戚の家と1日おきに沸かすようになった。つまり毎日交代でお風呂を沸かし、二家族で利用していた。
ある夜、裏の家で入浴し、自宅に帰る途中、「警戒警報」 発令され、ラジオから ”日本の東方海上に敵の爆撃機が確認された” というものだった。私は膝がガクガク震えていた。
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