孫のぴーちゃんから電話があった。この前あったのは6,7年前だったろうか。 もう24歳、来月は25歳になる。「私の年齢は平成と同じだから覚えやすいでしょう?」と笑っていた。 今年の秋に会いに行きたいが良いでしょうかとのこと。 勿論、大歓迎だ。
秋までに少しでも体力をつけておかなければ・・・。
連休に入るとテレビ番組の面白いのが少なくなるので,撮り溜めて置いたビデオテープの整理を早く済ませなければ。 とりあえず60本ほど終わったので、今夜は「ルオー」の絵画を1時間ほど視る事が出来た。
漢詩の放送は、毎回聞いているが、勉強の方法が今一つ解からないのがもどかしい。
古文書も、書道も、やらなければならない事が山積している。
2013年4月18日木曜日
出来事
昨夜、Wさんから電話を頂いた。 4月1日以降会ってないのでどうしているのかと心配して下さったのだ。 何時も気を遣って頂いて本当に有難い。良いお友達に恵まれて私は幸せ者だと思った。
漢詩を読み直しながら、女学校時代を思い出した。三年生の4月、最初の漢文の時間の事。先生から「漢文は敵国の文学だから、今年から授業は廃止になりました」とのお話があり、がっかりしたものだ。 時は大東亜戦争の最中、仕方が無い。でも、先生が、「ととこれは有名な詩だから、覚えておく様に」 と、蘇軾の「前赤壁の賦」 を読んで下さった。
それから78年、今、蘇軾の詩に出会っている。今度はしっかり読まなければ・・・。
漢詩を読み直しながら、女学校時代を思い出した。三年生の4月、最初の漢文の時間の事。先生から「漢文は敵国の文学だから、今年から授業は廃止になりました」とのお話があり、がっかりしたものだ。 時は大東亜戦争の最中、仕方が無い。でも、先生が、「ととこれは有名な詩だから、覚えておく様に」 と、蘇軾の「前赤壁の賦」 を読んで下さった。
それから78年、今、蘇軾の詩に出会っている。今度はしっかり読まなければ・・・。
2013年4月16日火曜日
溜まっていた仕事を片付ける
昨日、注文していた書道用の机が納入された。今日は早速4月の課題を仕上げ、提出した。
漢詩の勉強も、どんな方法がいいのか迷っていたが、考えていても仕様が無いので兎に角、取り掛かってみた。
先ず、漢詩の形式について調べ、韻についてもテキストを参考に調べ、少し分ってきたような気がする。
さらに、作者について・・・。 蘇軾や杜甫など、少しづつわかると同時に、興味も沸いてきた。
一応、第2回までの要点をメモしたが、もう一度テキストを読み直してみると、補足する部分が沢山ある様だ。
今週末は古文書もある。釈文は出来ているが、もう一度眼を通しておかなければ・・
漢詩の勉強も、どんな方法がいいのか迷っていたが、考えていても仕様が無いので兎に角、取り掛かってみた。
先ず、漢詩の形式について調べ、韻についてもテキストを参考に調べ、少し分ってきたような気がする。
さらに、作者について・・・。 蘇軾や杜甫など、少しづつわかると同時に、興味も沸いてきた。
一応、第2回までの要点をメモしたが、もう一度テキストを読み直してみると、補足する部分が沢山ある様だ。
今週末は古文書もある。釈文は出来ているが、もう一度眼を通しておかなければ・・
2013年4月13日土曜日
仲良し4人でお食事
4月13日(土) 漢詩 「遊山西村」 の始めの24文字を草書体で書いてみた。 草書体に直すこと自体が難しい上に、連綿の書にすることは更に難しかった。
4月11日(木) 書道の4月の課題の漢字を書く。仮名は後日。夕方、温泉に行き、温まって帰った。
4月10日(水) 久し振りのお食事会。漢詩の第1回の放送を聴いての感想。皆「難しかった」との意見だった。
食事をしながら夫々の暮らしぶりの話し、最近は息子さんがいろいろと面倒を見てくれるので何にもしない とのIさんの話に、それはダメ!と3人。
それならIさん宅で、月1回料理教室をしようか、と提案したがなかなか決まらない。 4月は行事が多いので今度集まるのは5月にしようと言うことで解散した。
4月11日(木) 書道の4月の課題の漢字を書く。仮名は後日。夕方、温泉に行き、温まって帰った。
4月10日(水) 久し振りのお食事会。漢詩の第1回の放送を聴いての感想。皆「難しかった」との意見だった。
食事をしながら夫々の暮らしぶりの話し、最近は息子さんがいろいろと面倒を見てくれるので何にもしない とのIさんの話に、それはダメ!と3人。
それならIさん宅で、月1回料理教室をしようか、と提案したがなかなか決まらない。 4月は行事が多いので今度集まるのは5月にしようと言うことで解散した。
2013年4月7日日曜日
新しい年度の始まり
4月6日(土) カルチャーラジオ「漢詩を読む」の第1回放送日。放送時間を忘れない様にスマホにアラームを設定しておいた。
今年度のテーマは,”中国のくらしのうた”で,第1回は「春祭」、氏神様のお祭を謡った3篇の詩。 「祭(社日)」は春秋2回、いずれも立春と立秋後の、5回目の戊(つちのえ)の日に行なうと決められていた。
今年の春祭は3月23日戊子(つちのえね)であった。 「遊山西村」
(陸遊43歳の詩)では、山深い村の楊の枝が垂れ、満開の桃李の花のもとのお祭の様子が目に浮かぶようだ。
句の最後の文字の横の・印は韻を踏んでいるということなのか?
「社雨」は陸遊79歳の詩。北宋の詩人、宛陵先生(梅堯臣)のスタイルに倣ったもの。雨の中での農耕の様子、かつて訪れた中国の農村の風景が思い出される。 水牛に引かれた荷車に乗り、家1軒見当たらない、果てしなく広がる農地に向う農夫、田圃の中に椅子を持ち込み、腰を下ろしながら田植えをする2,3人の人影。実にのんびりした風景だった。
3つ目は「社日」、(七言絶句) 晩唐の王駕の作。(豚柵鶏棲半扉)の句では、自由に歩き回っている鶏、時には突然飛び出した大きな豚に驚き、悲鳴を上げた事を思い出す。
「社日」ではないが(メーデー)の賑わいにも出会ったことがあった。
これからも聴き忘れが無いように頑張ろう。これらの漢詩を書にも残せたらいいナ・・・と思う。
4月2日(火) 昨年から喉に異常感があったので、念のため耳鼻科で診て貰った。幸い以上は無く,加齢による声帯の筋力の衰えかも知れない、とのことで一応安心した。
今年度のテーマは,”中国のくらしのうた”で,第1回は「春祭」、氏神様のお祭を謡った3篇の詩。 「祭(社日)」は春秋2回、いずれも立春と立秋後の、5回目の戊(つちのえ)の日に行なうと決められていた。
今年の春祭は3月23日戊子(つちのえね)であった。 「遊山西村」
(陸遊43歳の詩)では、山深い村の楊の枝が垂れ、満開の桃李の花のもとのお祭の様子が目に浮かぶようだ。
句の最後の文字の横の・印は韻を踏んでいるということなのか?
「社雨」は陸遊79歳の詩。北宋の詩人、宛陵先生(梅堯臣)のスタイルに倣ったもの。雨の中での農耕の様子、かつて訪れた中国の農村の風景が思い出される。 水牛に引かれた荷車に乗り、家1軒見当たらない、果てしなく広がる農地に向う農夫、田圃の中に椅子を持ち込み、腰を下ろしながら田植えをする2,3人の人影。実にのんびりした風景だった。
3つ目は「社日」、(七言絶句) 晩唐の王駕の作。(豚柵鶏棲半扉)の句では、自由に歩き回っている鶏、時には突然飛び出した大きな豚に驚き、悲鳴を上げた事を思い出す。
「社日」ではないが(メーデー)の賑わいにも出会ったことがあった。
これからも聴き忘れが無いように頑張ろう。これらの漢詩を書にも残せたらいいナ・・・と思う。
4月2日(火) 昨年から喉に異常感があったので、念のため耳鼻科で診て貰った。幸い以上は無く,加齢による声帯の筋力の衰えかも知れない、とのことで一応安心した。
2013年4月2日火曜日
出来事
4月1日(月) 萌の会恒例の花見。例年通り、麦島東西公民館で開かれた。
全員の3分間スピーチでは、皆さんの前向きな姿勢に圧倒され、萌の会の発展に確信を得た。私たちの4人の退会は認められず、相談役として名簿に残ることになったが、静かに去ることが出来そうだ。
散会後、米〇さん、左〇〇さん、和〇さん、尾〇さんと5人で、稲〇さんを総合病院にお見舞いし、帰りに1Fのカフェでお茶して帰った。
3月28日(水) ソフトを改めてインストールし直した。再度CD録音に挑戦しよう。
3月25日(月) プレクストークのアンインストールのため、センターに行き、浜〇さんにお願いしてアンインストールして貰った。
改めてインストールするため、ソフトを借りて帰った。
TVで、サッカーの本田圭祐選手の特集があった。本田選手の言葉の中に
「自分が喜んだ時よりも、人を喜ばせた時の方が、真の幸せを感じることが出来る」 と言う言葉があった。
自分を含め、皆がそんな気持ちを持つ世の中であればいいナ・・・ と思う。
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